東北教区の教職メッセージ


『あなたには充足感はありますか?』     戻る

米沢福音キリスト教会牧師 大久保 仁

 『キリストの平和があなたがたの心を支配するようしなさい。
  この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一体とされたのです。
  いつも感謝していなさい。
                   コロサイ人への手紙 3章15節』

 私たちは、教会が宣教力をUPし、クリスチャンによって多くの人々がキリストに導かれ救いを受けることを願うものです。そのためには世の人々の様子をその目で見て、まず信徒自身が神から恵みを受けなればなりません。

今日、私たちは確認しましょう。神が人の心に真の安らぎ、すなわち充足感を与えてくださるということを。
わが国では年間自殺者が三万人を超え、毎日のように目をおおいたくなるような不祥事やトラブルや犯罪が起こっています。

 彼らの一人はこう言いました。「仕事でストレスをかかえ、酒を呑まずにいられなくて、飲酒運転をした」と。これらの出来事は、心に安らぎがない、すなわち充足感がない現代人の姿をあらわしているのではないでしょうか。主は言われます。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える(ヨハ14:27)」と。

 教会では毎週礼拝が行なわれています。礼拝とは神をほめたたえ、神のことばである聖書から心に今を生きる恵みと力をいただき、祈るひととき、罪のゆるしと救いを確認し聖霊の力に満たされるひとときです。私は体験しています。一日の仕事を終え達成感に浸りつつ帰宅する際の心地良さはなんともいえません。

 一方、時には充足感のないアフターファイブがあります。先日こんなことがありました。
 終業間際に自分の持ち場でトラブルがあり「だれのミスか、あの人の、自分の?」と議論になり、心にいちもつを抱えたまま水曜祈祷会へ・・・。

 すると、みことばにこうありました。「信仰によってアブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行く先も知らずに出発したのです。信仰によってアブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束を共に受け継ぐ者であるイサクとヤコブと一緒に幕屋に住みました。へブル11:8-9」とありました。

 この夜の祈祷会は、私にとって「約束の地」であり、さらに「受け継ぐことになる土地」でしたが、実際は何とも気分的にはすぐれず、わだかまりが心をおおったままで集会が始まりました。けれども主に感謝しました。奏楽と賛美とみことばと祈りで、心の中が愛と喜びと平安で満たされ約束の地に立つ思いになり、イエスさまに感謝しました。

アブラハムには、約束の地および受け継ぐことになる土地がありました。現代に生きる私たちにもそれらがあります。毎日毎日が約束の地です。その日はイエス様が保証しておられます。その保証済みの約束の地に向かって、私たちはイエスを信じて大胆に行動して自分の足で踏まなければなりません。そうしてこそ、その日を受け継ぐことになるのです。私たちは、今日という約束の地を受け継ぎたいのです。主イエスさまのお名前によって。行く先も知らずに出発したアブラハムのごとくに。

このごろ、私は思います。人にとって一番大切なものは心の充足感ではないかと。毎日の暮らしの中にはさまざまな出来事があります。仕事や学校や家庭で一日のわざを終え、自己を振り返るときに、「今日はよかった、ハレルヤ」と言える日があり、足元にある空き缶を蹴りたくなるようなときがあり、逆に憂鬱な思いに浸る日もあります。けれどもその日の目に見える結果がどのようなものであっても、まわりの人がどのように言おうとも、神はあなたに言います。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ書43章3節)」と。
人はだれかから認められることを望むものです。神はいつでもあなたを認め、受け入れ、愛しておられます。私たちが神のみもとに行くとき、さらにイエスさまは、あなたに語りかけます。「忠実な良いしもべだ。よくやった。(マタイ25章21節)」と。

 私たちは、今日もイエスさまから生きる力と充足感をいただき、宣教力をUPしていきましょう。そしてこのすばらしいイエスさまの福音を友人、知人にお伝えしましょう。イエスさまが、すべての人に本当の安らぎと充足感を与えるのです。